年齢の壁と年金のジレンマ。その渦中で、私の脳裏に真っ先に浮かんだのは「UR都市機構」だった。 何を隠そう、私がいま暮らしている郊外の古い団地もURだ。高齢者でも「保証人不要」で借りられるし、礼金も更新料もない。何より部屋が綺麗だというメリットは、身をもって知っている。
「都会のURに移る。これが一番現実的じゃない?」
そう思ったのも束の間、画面上のUR空室検索を見つめる私の手は再び止まった。
今いる郊外の、バスでしか駅に出られないような団地とは違い、
都心部のURは、1DKでさえ家賃が「10万円以上」とバカ高かったのだ。
ならばと、エリアを少し外れた下町エリアに広げてみても、
駅徒歩圏内でバスを使わない好条件の部屋は、
やはり家賃が高いか、さもなくば恐ろしいほど空きがない。
都民の権利を捨てて神奈川に出るか、
空きのないURを待ち続けるか。
家賃が高いなら、なおさら部屋を3DKから1DKへ、
限界まで狭くするしかない。
それはつまり、いまの部屋にある荷物を最低でも
「70%削減」するという、
壮絶なダウンサイジングの通告だった。
(どこの部屋に、いくらで住むか。その問題が解決するまで、のんびり待っている時間はない)
いつ、どこに、これだ!という理想の部屋がポッと出現するかは誰にも分からない。
そのチャンスが巡ってきた瞬間、身軽にサッと動ける自分になっていなければ、すべての作戦は水の泡だ。 部屋が決まってから捨てるんじゃない。
チャンスをいつでも捕まえに行けるように、今のうちから徹底的に削ぎ落としておくんだ!
そう決意した私の前に、最も厄介な「重い荷物」として立ちはだかったのは、
家具ではなく、目に見えない『データ』の塊だった。
部屋の一角を占拠している、大量の録画ディスク。
これまでコツコツと録り溜めてきたお気に入りの番組や映像資産、そして仕事のバックアップ。
その量、ざっと5TB(テラバイト)。
レコーダーを買い換えても見られるようにとディスクに焼いて残してきたけれど、
そのケースたちが、狭い1DKの貴重な収納スペースを確実に圧迫することは目に見えている。
「ディスクという物質を、すべて消し去る。ただし、データは遺す」
部屋を狭くするための、私の第一の実験が決まった。
目をつけたのは、NAS(ネットワーク対応HDD)によるホームネットワーク計画だ。
家の中に大容量のプライベートクラウドを構築し、
ディスクという「物質」をすべてデジタルという「情報」に変換して空間を開放する。
1DKのコンクリートジャングルへいつでも飛び立てるように。
のほほんと暮らしていた部屋で、私はネットワーク設定画面を開き、キーボードを叩き始めた。
(第3話・了)
