「一生、賃貸でいい。持ち家なんていらない」 第1話でそう大見得を切った私だが、現実はそう甘くはなかった。生存戦略のスイッチを切り替えた私の前に、さっそく巨大な壁が立ちはだかった。 「住居」の壁。それも、おひとりさまならではの、容赦のない現実だ。
私がこの古い団地を脱出して目指したいのは、利便性の高い都会のコンクリートジャングル。駅の近くの機能的なマンションで、身軽にサクサク生きること。 だが、その通行手形を手に入れるための条件を調べ始めた私は、早々に頭を抱えることになった。
年齢、64歳。 今年の7月には、いよいよ65歳になる。
一般的に、日本の賃貸市場において「65歳以上の単身者」への風当たりは驚くほど強い。 「孤独死されたら困る」「家賃の支払い能力(年金だけ)に不安がある」 不動産屋の冷ややかな本音が、ネットの画面越しに透けて見えるようだった。保証人を頼めるきょうだいもいない究極のおひとりさまの私に、部屋を貸してくれる奇特な大家さんが、果たしてどれだけいるのだろうか。
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ならば、とお金の計算を始めてみる。 次に私の前に立ちはだかったのは、「将来もらえる年金が少ない」という非情な現実だった。
のほほんと生きてきたツケといえばそれまでだが、手元に届く年金見込額の数字は、都会の小綺麗な民間マンションの家賃を払い続けるには、あまりにも心もとなかった。
「民間がダメなら、公的なセーフティネットはどうだ?」
そこで浮上したのが「都営住宅」という選択肢だった。 所得に応じた家賃設定。これなら、年金が少なくても無理なく大好きな都会に身を置くことができるかもしれない。
「よし、都営住宅だ!」 一瞬、視界が開けた気がした。
だが、世の中そんなにうまくはいかない。それが都営住宅のジレンマだ。 都営住宅は、入りたいからといっておいそれと入れる場所ではない。募集時期は限られており、何より倍率がすさまじい。さらに、単身者が応募できる部屋の条件やエリアにも厳しい制限がある。
「便利な都会で身軽に生きる」という私の理想のシステムは、早くもバグを起こして停止しかけていた。
こんな時、持ち家(マンション)があれば、また違ったのに、と思うかもしれない。そうすれば、部屋を貸してもらえるかどうか、更新できるかどうかビクビクすることもない。
ただ、私は究極のおひとりさま。持ち家があっても相続してくれる人はいない。
だから、家はもたない。(そもそも持てないが)
と思っていたのだけれど、、、。
究極のおひとりさま、ということは、いざという時に頼りにできる、援助してもらえる、そんな子や孫がいないということだ。ひとりっ子だから、甥姪もいない。
子どもがいるからといって、甥姪がいるからといって、必ず頼れるとは限らないのだけど、本当に困ったら助けを求めることはできる。
でも、私はそれができない。
自分自身で最後の最後までを用意し賄っていかなければならないのだ。
そして、相続させる相手がいないからこそ、自分の代で綺麗にお金を使い切り、かつ死ぬまで安心して暮らせる「終の住処」を確保しなければならない。
民間賃貸の「年齢の壁」に弾かれ、都営住宅の「倍率の壁」に阻まれる。 このジレンマの中で、私は一体どうやって生き残るシステムを組めばいいのか?
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普通なら、ここで途方に暮れるか、「やっぱり実家の古い団地にいよう」と諦めるのかもしれない。
けれど、私は「探究者」だ。 伊達にITやお金、実務の資格をとってきたわけじゃない。
年齢の壁、年金の不安、抽選のジレンマ。すべてのノイズを一度テーブルの上にぶちまけて、ロジカルに整理していこう。民間賃貸の高齢者向けプラン、UR都市機構、都営住宅の戦略的応募、あるいは……。
おひとりさまライフシステムの探究者・安堂玲子の、終の住処をめぐるリアルな情報戦が、ここから始まる。
(第2話・了)
