coop共済の窓口で、死亡時受取人がいないことを理由に医療共済の解約を切り出し、
個人賠償責任特約の「1日の隙間もないスライド移行」を終えたときのこと。
手続きとしてはこれで100点満点。
そのまま席を立ってもよかったのだが、
私の頭の中には、どうしても窓口のプロに直接ぶつけて確かめたい
「究極の問い」があった。
それは、おひとりさまなら誰もが一度は夜も眠れなくなるほど考える、
手続きの「出口(死後)」の話。
私は担当者の方に向かってストレートに質問を投げかけた。
「万が一、私が死んだとき、私には身寄りがありません。
その場合、私の『友人』が私の代わりにこの共済の解約手続きを
行うことはできるのでしょうか?」
大企業の規約やシステムというものは、
往々にして「標準的な家族」を前提に作られている。
「親族以外の第三者からの申し出は一切受け付けられません」
と突っぱねられるか、あるいは
「成年後見人を立ててください」と言われるのがオチかもしれない。
半分はそう覚悟していた。
しかし、返ってきたのは、おひとりさまの未来を明るく照らす、
実に合理的な公式回答だった。
担当者が教えてくれた、親族以外の「解約ルート」
担当者の方は、確認をとった上で、こう教えてくれた。
「成年後見人を立てていらっしゃらなくても、
『公正証書』を作成されて、
そこに『友人(または死後事務委任の専門家)に手続きを託す』
という旨をハッキリと書き残しておいていただければ、
ご親族以外の第三者であっても、解約の手続きを進めることが可能です」
この一言を聞いた瞬間、
私の中でモヤモヤと霧がかかっていたおひとりさまの出口戦略が、
一気にクリアな仕様書へと変わった。
「なるほど、公正証書があれば、システムは正しく動くのだ」と。
「後見人」の重さを引き算する、公正証書の軽やかさ
おひとりさまの終活を調べると、
必ずといっていいほど「成年後見人(または財産管理・死後事務委任の専門家契約)」
という選択肢が出てくる。
しかし、プロの士業に最初からガチガチの契約で身元を委ねるとなると、
相応の初期費用や、毎月のランニングコスト(ノイズ)が発生し続ける。
まだ気力も体力もある今の段階で、そこまで重いシステムを抱え込むのは、
コストパフォーマンスの観点からも気が進まなかった。
だが、今回の窓口突撃でわかったのは、
「公正証書を自分で1枚作っておく」だけで、
信頼できる友人に手続きのバトンを渡せるという事実でである。
これの何が素晴らしいかというと、その「圧倒的な軽やかさ」にある。
もし将来、頼む相手の事情が変わったり、
自分を取り巻く環境が変わったりしたとしても、
その都度、新しい状況に合わせて公正証書を「書き直せばいい」だけなのだ。
ガチガチの制度に縛られるのではなく、自分のライフステージの変化に合わせて、
システムを常に最新版へアップデート(上書き)していける。
これこそが、自立とITを愛する現代のおひとりさまが持つべき、
最もスマートな防衛術ではないだろうか。
友人に了解をもらうこと。おひとりさまの「絆」の再発見
ただし、このシステムを動かす上で、絶対に怠ってはいけない、
最も重要な「仕様」がある。
それは、託す相手である友人に、事前にきちんと了解を得ることである。
公正証書という法的な武器を用意するからといって、
ある日突然、何の心の準備もない友人に
「死後の泥泥した手続き」が降ってきたら、
それは、迷惑以外の何物でもない。
「実は、こういう公正証書を作ろうと思っている。
万が一の時は、これを使って共済の解約やデータの消去を代行してもらえると、
本当に助かるのだけど、お願いできるかな?」
そうやって、相手の負担も考慮しながら丁寧に、
率直に了解をもらうプロセス。
このやり取りを通して、私はハッとさせられた。
血縁のないおひとりさまにとって、
自分の人生の「出口」を託せる友人がいるということ。
そして、それを「いいよ」と引き受けてくれる関係が、
どれほどありがたく、尊いものであるか。
おひとりさまを生きるということは、
決して孤立することではないのだ。
むしろ、こうした「本当に信頼できる人との大切な絆」を、
自分の意思で丁寧に結び直していくプロセスなのだと、
深く実感したのである。
「いつ死ぬかわからない。だからこそ、先手先手で手を打って、まわりに迷惑をかけない平穏を守る」
そのためには、私の死後、引き受けてくれた友人が1ミリも迷わずに、
この公正証書を武器にして動けるような「完璧なマニュアル」が絶対に必要になる。
私がエンディングノートではなく
「Notion」というデジタルツールを使って
人生の仕様書を作ろうとしている理由。
それは、大切な友人に負担をかけず、
この公正証書という盾を100%正しく機能させるためなのである。
(第6話・了)
